1:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 20:15:49.06ID:EqcwORaa0
TARI TARI。和奏のお母さんと、お父さんのお話。地の文形式です。








4:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 20:17:37.27ID:8L4TYwdq0
寒さが肌を刺すような、冬の季節であった。

「後で少し歩かない?」

休業日の朝に、坂井まひるはそう切り出した。
休みの日の二人は活動時間が遅く、既に日は真上を通過しかけていた。

「ああ、いいよ」

店の番もないので、時間に押されることもない。
家主であり、まひるの夫である圭介は、こんがりと焼いた食パンを齧りながら返事をした。

ぶっきらぼうなその答えを聞くと、まひるは長いポニーテールを揺らしながら笑顔を見せた。
普段からニコニコしている彼女だが、今日の表情は一段と明るい。

適当に受け流したように見える圭介も、そのことには気づいていた。
やけに今日は機嫌がいいな。その程度だが。

体内に栄養分を送ったところで、圭介は席を立つ。
それを確認してから、まひるも自分の部屋へと向かった。

数分後、それぞれ外出用の衣服を身にまとった二人が玄関で再会する。

「ん、この前買ったコート、着ないのか?」
「うん。今日はこっちの気分なの」

真っ白なトレンチコートは、まひるが気に入ったと言って特売で買ってきたものだった。
身長も高く、細身な彼女にはとてもよく似合う。圭介もそう褒めていた。




7:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 20:20:50.99ID:8L4TYwdq0
しかし、今日のコーディネートは、そのせっかくの細さを覆い隠してしまうように、シルエットが大きかった。
淡い色のポンチョに、デニムの生地のパンツ。スカートを履かないのだけは、いつも通りだ。

「ね、早く行こ?」
「ああ」

学生時代から変わらない、快活な笑顔。少しだけ首をかしげる仕草も、愛おしく思える。
いつの間にか、頬が緩んでいた圭介は、靴を履きながら外へと歩き出した。

「今日は風も弱くて、いい天気ね」
「ああ、そうだな」

適当に思える返事だけれど、それは圭介が口下手なだけだと、まひるは知っている。
だから、不快感も覚えないし、寂寥さも感じない。いつも通り、いたって当たり前の会話。

「圭介さん、少しいい?」

いつものように、当たり前の散歩道。
普段は店で忙しいこともあり、休日くらいは二人でゆっくりと。
そう決めてから、作った二人のルート。

今日も、これからもきっと変わらず、歩きながら会話をして行くだけ。
心の中でそう思っていた矢先、まひるは不意に切り出した。




8:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 20:23:40.43ID:8L4TYwdq0
「なんだ?」
「ちょっと、聞いてほしいことがあるの」
「聞いてほしいこと?」
「ええ」

まひるは視線を若干下に逸らし、手を後ろで組み、そわそわしている。
見慣れない、圭介にとっては非常に珍しい仕草だった。

「あのね」
「……ああ」

眉間に皺を寄せて、ゴクリと唾を飲み込む。
圭介が向けていた視線に、まひるはパッと合わせると……言った。

「……赤ちゃん、出来たんだ」

照れくさそうに、いつもの明るい笑顔で、まひるは口にした。
祝福すべき、甘美な言葉を。




9:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 20:26:27.89ID:8L4TYwdq0
「え……」

事実を告げられた、数か月後父親になるべき人間は、事実に対して小さく呟くだけだった。
すぐに喜ばず、表情に笑みもなく。ただ、数瞬の間、固まっているだけ。

しかし、言葉の意味を、事象を、現実を理解した途端。
その口角は、吊り上り、目は弓なりに変化した。

「そうか……!」

またもぶっきらぼうな返答。しかし、その一言には、間違いなく嬉しさが籠っていた。

「なーんか体調がおかしいから、病院に行ってみたらね。もう3ヶ月なんだって」
「そうだったのか。それじゃ、服とか色々揃えないとな」
「もう、圭介さんったら」

まず真っ先に、衣服や身の回りのことを考えるなんて。
まひるはそれがおかしくて、クスクスと笑う。
何がおかしいのか、わからない圭介は疑問の意を込めて視線を返した。

「まずは、名前でしょ?」
「あっ。……そうだな。うっかりしてたよ」
「まだ男の子か女の子かもわからないから、もうちょっと後だけどね」




10:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 20:29:18.84ID:8L4TYwdq0
平均的な周期で言えば、大体妊娠から20週前後で性別はわかる。
それまでは、お楽しみに。と、医者に言われたそうだ。

「どっちにしても、私と圭介さんの子だもの。きっと、素敵な子に育つよね?」
「ああ」

いつもの散歩道。
二人で歩く、日常の一部。

そこにこれから、もう一人加わる。

それだけで心躍った。




 ――――

数週間後、圭介が夕食の準備をしていた時だった。
開けっ放しになっている襖の先から、聞こえてくるまひるの鼻歌。
高校生の頃に、みんなで作ったという思い出の歌らしい。




11:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 20:32:09.42ID:8L4TYwdq0
機嫌が良い時、自然と歌となって出てしまうそうだ。
なんでそうなのか、圭介も薄々感づいている。
早くそれが聞きたくて、いつもより少しだけ簡素な食事にしようかと考えるくらいだ。

「出来たぞー」
「はーい」

明るい返事が耳に届く。
床を歩く音がして、嬉しそうな表情のまひるがダイニングへとやってきた。

地元で取れた新鮮な焼き魚。
みりんを減らし、隠し味に蜂蜜の入った肉じゃがと、なめこと豆腐が浮かんでいる味噌汁。
少し硬めに炊いた白米からは、おいしそうな湯気が立ち込めていた。

「いただきます」

二人して、食前の挨拶を交わす。
共用の皿に盛られている、肉じゃがをつつきながらも圭介は待った。

「……圭介さん」

思わず啜った味噌汁を吹き出すところだった。
驚きながらも、精一杯平静を装いながら圭介は喉を無理やり鳴らす。

「ん?」
「検査の結果、出たよ」




12:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 20:35:25.61ID:8L4TYwdq0
まひるは今日も産婦人科に行っていた。そこで、とある検査をしてもらったのだ。
圭介も、その結果を今日一日そわそわしながら待ち望んでいた。
浮かれてしまい、お客さんにお釣りを間違えて渡しそうになるほど、である。

「女の子だって!」
「女の子か……!」
「どんな子になるのかしらね」
「ああ、そうだな」

女の子か……。圭介はもう一度呟きながら、夢想にふける。

どちらに似るのだろう。いや、きっとどちらにも似るはずだ。
父親と娘の距離感など、大変なことも多いだろう。
思春期の頃には、下着を共同で洗うのを嫌ったりするのだろうか。

「それでね」
「ん?」

ふいに、現実世界からの声が脳内を上書きしていく。
焦点を、目の前で座る妻に合わせて圭介は小さく返事をした。

「名前なんだけど……もう決めてあるんだ」
「え? もう?」

せっかちなのは相変わらずだ。相談もせず、大体のことはそつなくこなす。
けれど、その実、不器用なところもたくさんあることを圭介は知っている。




13:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 20:38:08.10ID:8L4TYwdq0
「女の子だったら、この名前にしようって、ずっと前から決めていたの」
「へえ。なんて名前なんだ?」
「平和の和、和音の和に、奏でる、って書いて……」

「和奏」

「わかな……」

不思議と、違和感がなかった。最初から、名づける前からそうと決まっていたかのように。
自然に、口は動いてくれた。

「……どう?」
「ああ。素敵な名前だ」

自分を、そしてこの家を。親から継いだ、小さなお店を。
明るくしてくれたのは、紛れもなくまひるだった。
それも、彼女の持つ音楽の才能によって。性格、気質によって。

だから、一緒に音楽をしたい。
まひるのその考え方に対して、圭介は否定的なことを一つも思わなかった。

二人で、一緒に。そうなってくれれば、きっともっと明るい家になるだろう。

愛する妻と、目が合う。

自然と笑顔になった。




14:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 20:41:21.75ID:8L4TYwdq0
 ――――――――



「~~♪」

寒冷前線が、遂に日本の空から撤退を期した頃。
目立つようになったお腹を優しく触りながら、まひるは縁側で歌を歌っていた。
しかし、そこに歌詞はなく。メロディーだけを聞かせるような、柔らかな旋律。

「早く一緒に歌えると良いね~」

ゆったりとしたマタニティドレス越しに居る、愛娘に向かってまひるは語りかける。
ちゃんと聞こえているのだろうか。
心配になるけれど、体の内側から感じる胎動が、現実を教えてくれている。

この手の先には、間違いなく居る。和奏が。
時折、ドク、ドクとリズミカルに動くこともある。
最初は不安になったが、しゃっくりをしているだけのようだ。




17:支援ありがとです:2012/11/21(水) 20:44:23.45ID:8L4TYwdq0
静かに眠るようにではなく、たまにお腹の中をくすぐるかのように、グルグル動き回ることがある。
それだけ元気なら、きっと活発な子ですよ。この前、産婦人科の看護師にそう言われた。

健康で、元気に育ってくれればそれでいい。

でも、やっぱり。
自分の娘と、一緒に。同じ景色を見るために、共に歌を歌いたい。

「まひるー。飯……」

昼休憩になり、食事の準備ができた圭介が、日向に座す まひるへと声をかけた。

「寝てるのか」

困ったように笑いながらため息をつき、圭介は少し薄手のシーツをかける。
すっかり母親の表情になってしまった妻を、彼は起こすことなど出来なかった。




18:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 20:47:35.94ID:8L4TYwdq0
 ――――――――


暇な平日の昼下がりのことである。

お客さんの足ひとつ見えない、ただただ空虚な時間帯。
観光シーズンだというのにも関わらず、偶にこんな時間が出来てしまうのは、それなりの危機であった。
それでも、何とか切り盛りできる程度の稼ぎが出るのも、その感覚を薄らげてしまう原因の一つでもあるのだが……。

「痛っ!?」

キッチンから、響いたまひるの声だった。
あまりにも退屈で、胎教や育児に関する雑誌などを読みふけっていた時に聞こえた、小さな悲鳴。

聞いた途端に、圭介はその情報誌を投げ捨てて、自宅への扉を開けた。

「どうした!?」
「あ、圭介さん。ううん、別に何でもないの」

罰が悪そうに、まひるは振り返った。
場所は台所で、手には包丁が握られている。
利き手と反対の指を口の中に咥えていた。

「切ったのか?」
「ちょっとね。でも、本当に大丈夫だから」
「無理しなくても、飯ぐらいいつも通り作るぞ」
「むー。それじゃダメなの!」




19:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 20:50:32.18ID:8L4TYwdq0
珍しく、まひるがむくれて反抗してきた。
慣れていない反撃に、少しだけ圭介がたじろぐ中、まひるは続ける。

「私、お母さんになるんだもの。和奏には、ちゃんとおいしいご飯を食べさせてあげたくって」
「……そうか」

女性は胎児と直結している故に、やはり先に『親』になる。
心構え、身の振り方。圭介よりも、真摯に和奏と向き合っている。

「今夜、練習付き合おうか」
「いいの?」
「無理はしないようにな」
「ええ、もちろん」

簡単な家事は出来るし、手先もピアノが弾けたりと器用なはずだが。
まひるは、料理や裁縫に関しては少し不得手であった。

けれど、何もできないまま母親になりたくない。
歌うことも大事だけれど、それ以上に母として必要なことを、まひるなりに考えて習得しようとしていた。

そんな思いを無碍にできるわけもない。むしろ、背中を押してあげなければ。
早く自分も、父親にならなければ。圭介もそう思った。




21:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 20:53:22.30ID:8L4TYwdq0
 ――――――――


学生たちが夏休みを終えた季節だった。
海水の気温もまだ高く、沿岸部に位置するこの地域の住人達は、各々海辺で遊んでいる。
街路を、水着に簡単な上着を羽織っただけで練り歩く人も珍しくはない。

それぞれ、楽しげにいつもの残暑を楽しんでいた。

そんな中を、一人。
額に汗を浮かべ、海に行くのでもないのに簡素な格好をした男性が、走っていた。

適当に生え揃えた顎鬚に滴る水分すらも気に留めず、一心不乱に道路まで向かっていく。

そして一台のタクシーをあわてて止めて、息を弾ませながら、とある施設の名前を告げた。

車内においても、男性は落ち着かなかった。
そわそわと、指を組み、いじりながら、首を垂れる。
浅い呼吸と共に、少しでも心を平静になろうと懸命に、思考を張り巡らせる。

息は整っても、不安や焦りは止まってくれなかった。
その感情は、暑さとは関係なく分泌される汗腺から、不快さと共に流れていく。

一分一秒も惜しい中、ようやく目的の施設に到着した。
まだ日差しは高い。
日光に照らされる、巨大なその棟を見上げることなく、彼は突っ走る。

入口すぐ横にある窓口すらも、何も告げずに通過していく。
何度も来た場所なのだから、今更いちいち挨拶を交わす必要もない。




22:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 20:56:12.92ID:8L4TYwdq0
「あ、坂井さん」

その途中、顔見知りの従業員に声をかけられた。
世間話でもするつもりだろうか。
聞き流そうと考えるも、今の状況を知りたくて、あえて気持ちを抑えて足を止める。

「あ、あの!」
「奥様なら、既に病室に居ますよ」
「え、もう!?」
「ええ。せっかちさんですね」
「そうですか、どうも!」

クスクスと嬉しそうに笑う従業員に素早く頭を下げて、再び足を動かす。
その時点で彼、坂井圭介は、笑みを隠しきれずにいた。

そうか。もう無事に!

知らせを受けた時は、これから、と聞いていたのに。

横目に、病室の番号をカウントダウンしていく。
この数字が一定の位置に達した途端、人目もくれず、だけど丁寧に。

彼は、扉を開けた。




23:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 20:59:08.37ID:8L4TYwdq0
「……圭介さん」

そこには、妻がいた。
大変な思いをした後にも関わらず、いつものように柔らかい笑顔を向けてくれている。

開けた窓から風が流れ込み、皮膚に帯びていた汗に触れていった。
カーテンがザアッとはためく。
幻想的なその動きに目もくれず、圭介は一点を見つめていた。

「……その子が?」
「ええ、和奏よ」

圭介に注ぐ視線とは違った、母性にあふれた純なる眼差し。
元々、目じりの下がっているまひるだが、より一層その目元は緩んでいた。

ゆっくりと、けれどしっかりと、圭介は歩みを進める。
ベッドの傍まで行き、そぉっと顔を覗く。

「……そっくりだな」
「あなたに?」
「ああ」
「もう、女の子に向かってそんなこと言わないの!」




25:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 21:02:15.19ID:8L4TYwdq0
「え? あ、ああ。ごめん」
「ふふ。よかったねー。和奏、お父さんにそっくりだってー」
「……」
「でも、お母さんにもそっくりだよねー?」

冗談めかして返した言葉だった。
なんだか、独り占めにされたくなくて、ついつい言った嘘なのだ。

見た途端に漏れた感想に、偽りはない。
ただ、そっくりなのは紛れもなく自分じゃない。まひるの方に、だ。

色々と不安になっていたことは、一気に霧散していった。

大丈夫だ。この子はきっと、二人の宝物になる。

圭介だけではなく、まひるも。

同じことを思っていた。




27:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 21:05:39.36ID:8L4TYwdq0
 ――――――――


「……」
「何を書いているんだ?」

食事を終えたダイニングルームで、まひるは書き物に熱中していた。
昔は曲を作ったりもしていたそうだが、今はあまりやっていないらしい。

ということは、それ以外の何かだ。

「手紙を書いているの。昔知り合った、素敵な友達に」
「へえ」
「コンドルクインズってバンドなんだけど……あなた、知ってる?」
「ああ、知ってるよ。そういえば、知り合いなんだったな」
「その人たちに、和奏のことを教えてあげたくて」
「出産のお知らせ、出さなかったのか?」
「ううん。そうじゃなくて……」

ペンを止め、まひるは思い返すように語る。




28:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 21:08:08.88ID:8L4TYwdq0
「今の私が、和奏とこれからどう過ごしたいのか。どうやって、音楽と共にあろうとするのか。
 それを、どうしても伝えたくて……」

圭介は書きかけの手紙を覗きこむ。

これからは娘と、和奏と一緒に歩きたいの。
その健やかなる時も、病める時も。喜びの時も、悲しみの時も。
そんな歌が、和奏と一緒なら作れる気がする……

「……和奏と一緒に、歌を?」
「ええ。夢なの」
「そうか。俺も、二人が作った歌なら聞きたいな」
「うん。楽しみにしてて」

屈託のない笑顔を向け、再びまひるは手紙の執筆に戻る。
手紙の内容は、知り合いに今を伝えるというもの、ではないような気がした。

どちらかといえば、娘本人に宛てた手紙のように思えるほど。
まひるの、和奏への愛情に溢れた文章だった。




29:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 21:11:20.21ID:8L4TYwdq0
 ――――――――


「できたー!」

まひるが目をキラキラ輝かせて、両手の上に置かれた物を眺める。
黒くて真ん丸な瞳、ぽってりと太った身体、口角は端っこを少しだけ釣り上げて、笑顔を演出。
会心の出来ともいえる、小さなくじらのストラップだ。

「……なにこれ? きんぎょ?」

遠慮も配慮も何も知らない、無垢な子どもは率直な感想を述べる。
ぷっくり膨らんだほっぺたを動かし、出てきた動物の名前は、まひるの想定と差異がありすぎた。

「くじら!」
「えへへ! きんぎょだよー! きんぎょー!」
「くじら! もう、くじらよ、くじら!」
「きんぎょー!」

飛び跳ね、走り回る。小さな足から、畳を蹴っていく音が響き渡る。
欲しかった感想を述べてくれなかった、愛娘の和奏に少しむくれつつも、まひるは妥協点を見つけることにした。

「じゃ、間を取ってイルカさんかな?」

間髪入れず、和奏はまひるの首元へと抱きつく。
理由はない。単に、お母さんが好きだから。それだけの、本能的行動。




30:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 21:14:15.34ID:8L4TYwdq0
「イルカさん、うたってるの?」

立っていても、座ったまひる程度の体躯。
幼子独特の、目を直視して話す特徴を駆使し、和奏は質問をする。

「そうよ。ラーラーララララー♪」

まひるは楽しそうに、イルカと称したストラップを揺らしながら歌う。
彼女が学生時代に作った、大切な歌。心の旋律を口ずさみながら。

「なに、やってるんだ?」

襖を開けて、圭介が店の休憩がてらに様子をうかがいに来た。
楽しげな、母子の声が聞こえれば反応するのは当然だろう。

「あ、おとーさん! みてみてー、イルカさん!」

まひるの手からストラップを取り、和奏が屈託のない笑顔で圭介へと見せつける。

「イルカ?」




31:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 21:17:07.46ID:8L4TYwdq0
差し出されたそれを手に取り、まじまじと見つめる。
海洋生物には見えるけれど、この体格やら口の感じなどを察するにイルカではないような。

「クジラじゃないのか?」
「あ、ほらー和奏、お父さんもクジラさんだって!」
「イルカー! イルカさんなのー!!」

さっきまで笑っていたのに、一転機嫌を損ねたような口調になる。
ぷっくりと膨らんだ頬っぺたを、更に膨らませて抗議してきた。

「ああ、ごめんごめん。イルカさんな。これ、母さんが作ったのか?」
「うん!」
「そうか。大事にするんだぞ」
「うん、わかった!」

気持ち良い返事をすると、イルカを宙に泳がせながら和奏は部屋を走り回る。

微笑ましい様子を、優しく見守るまひる。
圭介は、そんな母親と元気な娘の姿を見て、しばしの休憩としたのであった。




32:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 21:20:08.15ID:8L4TYwdq0
 ――――――――


「ただいまー!」
「ああ、おかえり」

黄色の反射しやすい通学帽子を首にかけ、赤いランドセルを背負った和奏が帰宅した。
走ってきたようで、若干息が乱れている。
店の前で品出しをしていた圭介は、迎えの挨拶を返した。

「お母さんは?」
「部屋にいるよ」
「わかった!」

嬉しそうな笑顔で和奏は自宅へ戻る。
小学校中学年になったのに、せっかちで落ち着きがないのは相変わらずだ。
しかし、何があったのだろうか。あんなに嬉々とした表情は、久しぶりに見る。

「おかーさん、おかーさーん!」
「はいはい。どうしたの、和奏」

エプロンで手をぬぐいながら、夕飯の支度をしていたまひるが出迎える。
服も着替えず、笑顔で、駆け足でやってくる娘の呼びかけが、たまらなく愛おしい。




33:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 21:23:20.62ID:8L4TYwdq0
「見てみて、この前の音楽のテストね、私100点だったんだよ!」

ランドセルの留め具を忙しなく鳴らし、開いた口から取り出されたのは一枚のペーパーテスト。
文字の羅列、音楽記号と四角の枠。五線譜に、自ら音符を書いて正解を導く問題。
それらすべてに、綺麗な赤い丸が記されていた。紙の右上、点数欄には三桁の数字と大きな花丸が主張している。

「そっかー。和奏はえらいねー」
「えへへ」

いつの間にか、自分のお腹の辺りまで背が伸びた、娘の頭をゆっくりと撫でる。

「ねえ、和奏」
「ん? なに?」
「音楽、好き?」
「うん! 大好き!」

少しの戸惑いもなく、和奏は肯定した。
自分たちが願ったように、まっすぐに和奏は育ってくれている。
それだけで、まひるの心は満たされていった。




34:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 21:26:13.68ID:8L4TYwdq0
 ――――――――


「和奏、白校受けたいんだって」

暖房の規則的な温風を運ぶ音が、響くリビングで、まひるは圭介にそう伝えた。
和奏の、中学二年の生活も折り返し地点を通過した、天気の安定しない季節。
学校ではさっそく最上級学年、受験生になる為の準備が始まっていた。
和奏の第一志望は、まひると同じ白浜坂高校らしい。

「そうか」

湯気の発する緑茶運びながら、圭介は短く答える。

「もちろん、音楽科よ?」
「ああ、わかってる」
「お金とかは大丈夫?」
「大丈夫だよ。その為に貯金もしてきたし」
「そっか」

二階の寝室で眠る娘を思いつつ、まひるは茶碗を挟みながら安堵の息を漏らす。
私学は、公立と比べてやはり学費が莫大にかかる。自分も、その経歴があるからこそ、心配もしてしまうのだ。




35:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 21:29:11.42ID:8L4TYwdq0
けれど、大事なのは本人の気持ち。
音楽をやりたいから、だから適した学校に行って業を磨きたい。知識を養いたい。
そんな気持ちを、親の都合によって阻害したくない。

まひるの心配は、杞憂に終わったのが幸いか。


しかし


彼女が、今本当に心配しているのは、悔しいことに和奏のことだけではなかった。

もちろん、目の前でお茶を啜る、頼りがいのある夫のことでもない。


「……ッ!」
「どうした?」

見たこともない、苦渋に顔をしかめる表情。
胸を抑え、俯いて動かない。




36:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 21:32:25.27ID:8L4TYwdq0
「……ちょっとね」
「ちょっとって……どこか、痛いのか?」
「最近、偶になるの。発作みたいな感じで」
「病院は?」
「まだ行ってない。和奏に、心配かけたくないもの」

圭介は、献身的な気持ちに尊さを覚えながらも、少しだけ憤慨する。

「自分の身体だって、同じくらい大事だろ。
 和奏に心配かけたくないなら、あいつが学校行っている間でもいいから。行ってきなさい」

まひるは少し悩みながらも、確かにそうだ。と心の中で答えを出す。
もし、急に、和奏のいる目の前で何かあった時。さらに心配をかけるだけだ。

ならば、ちょっとでも今自分の身体がどうなっているのか。把握して、コントロールする必要がある。

「ええ。そうするね」

圭介が受け取った笑顔は、いつもより力なく弱々しかった。




37:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 21:35:11.22ID:8L4TYwdq0
 ――――――――


「検査の結果ですが……」

どんな結果でも告知をして欲しい。
その欄にチェックマークを打った坂井夫妻は、病室で担当の医師と対峙していた。

そして、精密な検査を受けた後に、現状を通告される。

あえて。
医者はそうしているはずだ。感情を込めれば込めるほど、自分だって辛いとわかっているから。
だから、無慈悲にもその口からは、スラスラと状態と将来についての、残酷な言葉が出てくるのだ。

「そんな……」

拳を固く握り、肩を震わせて圭介は力なく独りごちた。
涙も出ない。ただ、出てくるのは強烈な焦りと不安。

まひるの身体が、既に病に蝕まれている。

そして、それは……治すことも出来ない段階にまで踏み込んでいた。
投薬による治療などはあるが、付け焼刃程度にしかならない。
ハッキリと、もう数年は持たないことを宣告されてしまったのだ。




38:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 21:38:07.51ID:8L4TYwdq0
嘆きたくもなる。泣きたくもなる。
けれど、あまりにも突然で、唐突で、突如としてやってきた考えもしなかった現実は、容赦なくのしかかる。

そんな圭介の隣で、当の本人である まひるは、静かに目を閉じて結果を聞いていた。



「後で少し歩かない?」

病院を出て、家路へ向かう電車に乗った時だった。
まひるは、いつかのような提案をする。

「ああ、いいよ」

だから、圭介も同じような返事をした。
場所は決まっている、いつもの散歩道だ。

まひるが、今何を考えているのかはわからない。
けれど、そうしたいと言った以上は、圭介も付き合わない理由がなかった。

「……わがまま、言ってもいい?」
「ん?」

銀杏が空を舞う、いつもの散歩道。
無言で歩いていたまひるは、小さな声で切り出した。




39:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 21:41:11.90ID:8L4TYwdq0
「和奏には病気のこと、まだ言わないでほしいの」
「え?」
「和奏、しっかりしてても寂しがりだし、受験もあるでしょ?」
「けど、もう子どもじゃないんだし……」
「うん……。もしかしたら、あの子を傷つけてしまうかもしれないね……」

そこまでわかっているのに、どうして。
圭介は、思ったことを口にする。

まひるはまっすぐ前を見つめながら
いつだったか和奏と幼いころに交わした、歌を作る約束のことを語った。

だったら、それなら、時間がないのなら。
今からでも、良いのでは。圭介の提案に、まひるは

「悲しい別れの歌?」

と、返した。

歌を作ることは、自分を相手の心の中に残せる気がする。
別れじゃなくて、母親として。優しさだとか、強さとか、そんなものを残してあげたい。

だから……

圭介は、黙っていた。言葉が出なかった。




40:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 21:44:33.51ID:8L4TYwdq0
いつも二人で歩いた、知っている道が。
歪んで見えなくなっていた。

辛いのは自分のはず。苦しいのは、まひるのはず。

それでも、だからこそ。
母として、親として。共に音楽という道を歩む者として。
正しく、何かを残してあげたい。

そんな、あまりにも屈強で、崇高な思いの強さに圭介は、感涙せざるを得なかった。

「和奏が音楽を好きになってくれて、本当に良かった……」

堪えきれなくなった圭介は、小さく嗚咽を漏らす。
ただ、まひるの母親としての素晴らしさと、そう遠くない未来での別れを思うと
涙を流さずにはいられなかったのだ。

「大事な大事な宝物だから」

同じように、まひるも思っていた。涙が、目の端から零れてくる。

自分ことを、和奏のことを思って泣いてくれている、大好きな夫。
これ以上心配をかけたくないし、少しでも大事にしてあげたい。

「私、あの子を絶対に一人にしない」

和奏だけじゃない。圭介にも向けて、伝えた言葉だった。




41:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 21:47:45.07ID:8L4TYwdq0
 ――――――――


「ねえ、ちょっとこれ見てくれる?」

病院に見舞いに来た時だった。
あれから春が過ぎ、和奏はもう受験生。
夏も何とか越したと思った矢先だった。

まひるが、突然倒れてしまった。

正しくは、突然などではない。なるべくしてなった、まぎれもない必然。

本人はケロリとしているが、その実……もう時間は残り少ない。

「ん? どうした?」

平静を装いながら、圭介はまひるの差し出したいくつかの紙を見る。
それは、いつだったか自分が持ってきた五線譜だった。

ちょっと前には真っ白だったはずのそれは、いつの間にか夥しい文字や記号が描かれていたのだ。




42:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 21:50:35.99ID:8L4TYwdq0
そこには、作るという姿勢だけではなく、和奏と作りたい大切な歌
そんな気持ちが、記号の一つ一つからあふれ出ていた。

「和奏と作ろうって、決めた歌なの」

悲しい別れの歌ではない。二人で、一緒に作った……母親との歌。
大きな丸の中の、『大切な娘とともに!』
この一言が、今のまひるのすべてを表している。

「そうか。夢、だったもんな」
「うん。今はもう夢じゃなくて、約束だけどね」
「……出来たら、俺にも聞かせてくれよ」
「もちろん! 一番最初に聞かせてあげるね」
「ああ」

約束だぞ。

そんな些細な、たった一言が。圭介の口から出てくることはなかった。




43:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 21:53:22.91ID:8L4TYwdq0
 ――――――――


「頑張ってね!」
「……」

雨の降りしきる寒い日のことだ。

推薦入試のため、和奏は白浜坂高校へと向かっていった。

雨が降ったら合羽を出しておいて。
そう頼んでおいたのに、やってくれなかったまひるに腹を立てながら。

「……カリカリしてるな」

今日で、その煮詰まった生活も一旦は終焉を迎えるのに。

「ちゃんと、いつも通りに出来れば大丈夫よ。和奏なら」

玄関先で、二人の夫婦は会話を交わす。

圭介は、店のこともあるので、一度そちらへ戻っていく。
まひるも、今は一時期的退院という措置を取っただけで、万全ではない。
椅子に座って休もうとした時だった。




44:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 21:56:13.84ID:8L4TYwdq0
「?」

靴箱の上に、どこかで見かけたお守りが置いてあった。
今日のため、買っておいた学業成就のお守りだ。近くの神社で、和奏に内緒で購入したものだった。
昨日渡したはずのなのに、なんで……。

気づいたまひるは、傘も差さずに外へ出る。
両手にしっかりと、そのお守りを握りしめて。

「和奏!」

幸いまだ、遠くには行っていなかった。
家を出てすぐの道で、知った傘に向かって声をかける。

「なに?」

振り返った和奏は、不機嫌そうな表情を浮かべていた。

「これ。忘れないで」

雨粒一つ通さず、綺麗なままのお守りをそっとまひるは差し出す。

「こんなのいいのに。濡れるから早く帰って!」

それを、面倒くさそうに和奏は受け取り、冷たい言葉をかけて踵を返した。




45:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 21:59:12.07ID:8L4TYwdq0
「……」

足を速めながら、和奏は駅へと向かっていく。
まひるは、その娘の小さな背中をただただ、見守っていた。
遠くにいって、見えなくなるまで。ずっと。



「……母さん、今日の昼飯だけど」

雨の日にも関わらず、客足が途絶えない午前中だった。
やっと落ち着いた。
そう思って、遅めの昼食について献立の提案をしようと、自宅へと戻った圭介。

チラリと時計を見ながら、そろそろ和奏の面接が始まった時間だろうか。
などと思いつつ、まひるを探す。

……おかしいな。
普段なら、声をかければ返事くらいは来るものだが。
違和感を覚えながら、部屋へと向かう。

そして……見つけた。

床で、力なく横たわる妻を。




46:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 22:02:09.34ID:8L4TYwdq0
「まひる!」

意識を確認し、呼吸を見る。浅いが、まだある。
けれど、呼びかけにはまったくの無反応。
焦りながら、圭介はいち早く電話機を手に取り、救急車を呼び寄せた。
間もなくして、赤いランプの白いワゴンが『こかげや』に到着する。

「……圭介……さん」

到着した救急車には、圭介も同伴した。

人工呼吸器越しに、薄ら目を開けてまひるは言う。
救急隊員の人たちの、せわしない連絡なども相まって、籠った声は、耳を近づけなければ聞こえない。

「和奏……に……」
「和奏が、どうした?」
「あの子に…………歌……」
「歌?」
「私と……作る…………歌……」
「……」
「楽譜……部屋にあるの……」
「ああ、知ってるよ」




47:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 22:05:13.28ID:8L4TYwdq0
「……お願い…………して……いい?」
「ああ。安心しろ。だから、まひる……」
「……圭介……さん……」

ニコリと笑い、まひるは息を吸う。

「……」
「まひる!?」

何かを言いかけて、口を開いた時だった。
呼気で白く籠ったマスクが、途端に活動をやめた。

連絡はすぐに、高校にも行っていた。
病院に到着し、点滴などを受けながら待つこと数十分。

和奏が、病室へやってきた。
呆然と立ち尽くし、まひるを見ている。

圭介は、今の状況などを説明するが、和奏は聞く耳を持たない。
近づこうとして、一度は静止するも、手を振り払い母の肩を抱く。




48:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 22:08:09.40ID:8L4TYwdq0
「お母さん……お母さん! お母さん!」
「和奏! やめなさい!」

呼吸器すら外しかねないほど、激しく揺さぶる。
圭介が必死に止めに入るが、和奏はすぐにその手を放して、病室を出て行った。

立ち尽くしていた医者に、その後の説明を圭介は聞く。

しかし、彼の頭ではすでに理解していた。この後の、顛末を。



それから


和奏の下へ、推薦の合格通知が届いたころ。




まひるの葬儀は、行われた。




49:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 22:11:41.05ID:8L4TYwdq0
 ――――――――


「おはよー」
「おはよ」

数か月後、和奏は白浜坂高校音楽科の制服を身にまとっていた。
青い色のブレザーと、特徴的なクロスタイを胸元でしめている。
髪は、まひると同じようにポニーテールになっていた。長さが足りないので、少し小さいが。

少しだけ大きいサイズなので、袖やスカートは長めに見えた。
中学に入っても、まだまだ身長は伸びていたので、高校でももう少し伸びるのでは、との先見による選択である。

「それじゃ、行ってきます」
「ああ、行ってらっしゃい」

簡単な挨拶だけかわして、和奏は家を出て行った。
今日は入学式。何か気の利いた台詞でも言えればよかったのだが……。

こんな時、まひるだったら何と言ったのだろう。
考えても、何も出てこない。

圭介は、ため息をついてキッチンへ戻る。
少しでも寂しさがまぎれるのなら。
そう思い、飼い始めた猫のドラに、PACSというロゴの書かれた袋のキャットフードをやる。

食欲が旺盛で、出せば出した分だけペロリと平らげてしまう。
それが嬉しくて、面白くて、ついつい和奏も圭介も、餌を余分に与えてしまうのであった。




50:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 22:14:31.29ID:8L4TYwdq0
「今日、和奏が高校に行ったよ。入学式なんだ」

仏間で、圭介はまひるへと話しかける。
明るく楽しいことが好きだった彼女の遺影は、ピースサインをした楽しげなものへと変えられていた。

この写真の方が、まひるさんらしくて素敵です。

高校時代の親友だったという、和奏の高校の教頭先生にも以前そう言われた。
だから、これで良い。

ふと、圭介は仏壇の引き出しを開けた。

中には、数枚の紙が入っていた。
遺品整理の後移動させた、まひるが作りかけていた歌の楽譜だった。

圭介はそれを眺めつつ、思う。

今の和奏は、とても不安定で……きっと揺れ動いている。
以前のように、音楽の道を進んでくれるのか。もうわからない。

でも、いつか。落ち着いたら、これを渡そう。
絶対、その時は来るはずだ。

期待をこめて、圭介は再び楽譜を引き出しにしまった。

――――――――

――――






51:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 22:18:01.30ID:8L4TYwdq0
「……」

二年後。

結婚式にでも出るような、フォーマルなスーツを羽織った圭介は仏間で座っていた。
まひるの遺影の前で、また前のように語る。

「和奏、歌が出来たってさ。今日、それを聞かせてくれるそうだ」

「お前と、和奏の作った歌。ずっと、楽しみにしてたんだ」

「本当はもっと前に出来てたらしいんだけど……
 聞かせるのは文化祭にしたい、って。聞かせてくれなくてさ」

「わがままだよなところは、まひるにそっくりだ」

「……」

圭介は、引き出しをあけた。
そこにはもう何もない。
香ってくる木材の香りが鼻腔をくすぐるだけ。

「和奏が転科したい、って言ったときは……驚いたけど」

「でも、良い友達に会って……変わったよ。音楽科の頃より、活き活きしてる」

腕の時計を見る。少し早めに出て、良い場所を確保しておきたい。

「……さて、そろそろ時間だ」




52:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 22:21:03.15ID:8L4TYwdq0
「行こうか、母さん」

綺麗な布で遺影を包み、丁寧に抱えながら圭介は立ち上がる。


母と娘が作った、希望の歌。


十年は待った、二人の歌。


それを今から、聞きに行こう。


まひるにも、絶対に届くよな。



そう、願って。






おしまい




53:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/21(水) 22:23:19.24ID:8L4TYwdq0
以上です。
TARI TARIクイズの答え合わせ始まってますね。どんなグッズが届くのか、楽しみです。
第二弾もあるので、うっかり送り忘れた方は期待しましょう。


転載元
http://hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1353496549/l50




Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...